伝説(民話)ー瀬棚町史より抜粋ー

科の木地蔵尊(科の木の科は正しくは木へんに品と書きます)

むかし、瀬棚に信心深い漁師の一家がいました。
その家の主人は「わたしには神仏がついているので、鬼が千匹きても
おっかなくないよ」といつも言っていましたので、村人たちは、彼を
「鬼千匹」と呼んでいました。
さて、文政年間(1818−1829)のある年の正月8日のこと、鬼千匹は
当時の慣習どおり、年頭の斧立(おのたて)をしようと十数人の雇入と
ともに裏山のワッカケ沢に入りました。
その日は雪晴れの好日和でした。一本のみごとな科の古木を根元から
伐り倒して玉伐りを始め、一コロ、二コロと伐り落として、七コロ目に
鋸を立ててひき始めたところ「痛い!」と叫ぶ声が聞こえるのです。
驚いて四方を見回したが何異常もなかったので、気の迷いと思い再び
鋸で挽こうとすると、また「痛い!」との声は確かに手元から聞こえるのです。
鬼千匹は気味悪くなってその日は早々に仕事を切上げて家に帰りました。
今日の出来事を家族に話したところ、信心深い家の者たちは「それは
きっと神木に違いない」と言って、一同うがいをし、手を洗って神棚、仏壇に
灯油をあげ礼拝しました。
鬼千匹は、朝早く出かけることにして眠りなした。
すると、夜中に「おい、おい」と呼ぶ声がして鬼千匹はびっくりしました。
右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠を持った地蔵菩薩が現れて「今日
御身が伐り倒せる科の木の中にあって、衆生済度(しゅじょうさいど)の
時節到来久しく待っていたのだ。今、幸いにして縁熟し御身によって世に
出現しようとしている。喜びはこれに過ぐるものはないが、しかし、今日御身が
鋸を立てた個所は下脚なので、明朝朝日の昇る前に例の科の木の元に
行って今一尺だけ伸ばして切ってくれ、この事は夢だと思うなと言って
姿は見えなくなりました。
鬼千匹は、世にも有り難い仰せと喜び、思わず「南無地蔵大菩薩」と声高
らかに唱えている自分の声に目を覚ましました。
翌朝未明に起きて斎戒沐浴(さいかいもくよく)して、神仏にお供えと礼拝を
終え、家族に話したところ、不思議なことに、昨晩同じ時刻に家中の者が
同じ夢を見たことがわかりました。
不思議なこともあるものと親子は手を取り合って喜び、改めて家族一同揃って
神仏に手を合わせ良いことがあるようにと祈りました。
朝食後、鬼千匹は斧と鋸を背負って昨夜用意した神酒を持って、唯一人山路を
急ぎました。間もなく昨夜伐り倒した科の木の根元に行ってみると、幸いに雪
にも埋らないので昨日のままでした。神酒を供えて早速夢のお告げのとおり
一尺伸ばして切りました。そして、斧で割ってみると、もったいないこと地蔵
菩薩の尊像がその割り口から神々しいお姿で現れました。
鬼千匹は思わずその場に平伏し、何度も拝みました。そして、たいせつに家に
持ち帰り、家族や雇人ともども礼拝し、喜び合い、お守り申し上げました。
また、村人たちを呼んでこの出来事の次第を話すと、人々はその不思議な
奇縁に驚き、声を合わせて合掌礼拝しました。
その後、お参りに来る村人も多くなり、天保年間(1830−1844)運上屋の
木下貞右衛門始め、村人たちが堂を建立し、地蔵堂と名付けました。
瀬棚町延命寺では、毎年7月23・24日に科の木地蔵尊大祭を行い、ご開帳
され、多数の僧侶にて大法要が修行され、夕方には延命寺から町内を廻って
馬場川河口まで歩き、精霊を供養する灯ろう流しが行なわれています。

以上ー瀬棚町史より抜粋ー